特許出願の出願時に先行する出願が既に公開されていた場合には、その先行する出願(Secret Prior Art)は、新規性および進歩性の阻害要因となりえます。出願時に未公開だった先行する出願が後から公開された場合には、その先行する出願により拒絶される範囲は各国によって異なります。

日本
日本の場合、後願のクレームに記載された発明と同一の発明をクレームに記載した先願があれば、特許法第39条により、後願が拒絶されます。発明者同一、出願人同一であっても関係ありません。但し、先願が放棄され、取り下げられ、もしくは却下されたとき、または先願の拒絶査定もしくは拒絶審決が確定したとき、特許法第39条の先願の地位はなくなります。

また、後願のクレームに記載された発明と同一の発明を明細書、クレームまたは図面に記載した先願があれば、特許法第29条の2により、後願が拒絶されます。特許法第29条の2に関しては、先願が公開されれば、先願の放棄等に関係なく、後願が排除されます。例外は、発明者同一(完全一致)の場合、後願出願時に出願人同一(完全一致)の場合です。

法律を素直に解釈すれば、特許法第39条については、後願クレームの発明と先願クレームの発明に相違がない場合に、後願が拒絶されるべきと読めますが、審査基準では、両者の発明特定事項に相違点がある場合であっても、実質同一である場合(例えば、後願発明の発明特定事項が、先願発明の発明特定事項に対して周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等を施したものに相当し、かつ、新たな効果を奏するものではない場合)には、後願発明と先願発明は同一であるとして、後願は拒絶されることになっています。

同様に、特許法第29条の2については、後願クレームの発明と先願の明細書等に記載された発明に相違がない場合に、後願が拒絶されるべきと読めますが、審査基準では、相違点はあってもそれが課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合には、両者は実質同一であるとして、後願は拒絶されることになっています。

したがって、特許法第39条でも第29条の2でも審査基準によれば、素直な解釈よりは、先願による後願排除の範囲が広げられています。実質同一まで後願が排除されなければならない根拠は、少なくとも条文上には見当たりません。特許法第39条の後ろにも第29条の2の後ろにも進歩性の規定はないのに、見方によっては、後願が特許されるためには、進歩性の肯定に近いレベルまで先願との相違点が要求されているようにも思えます。

しかし、どちらの審査基準も今までの判決を踏まえたものであり、容易には覆りそうもありません。特許法第29条の2の運用が条文通りでなく「実質的に同一」まで拒絶されるのはおかしいとして争った判例もありますが(東京高判昭61.9.29(昭和61(行ケ)29))、裁判所は「実質的に同一」まで拒絶すべきという立場です。但し、それならなぜ実質同一もだめよというように改正しないまま条文を放置しているのか不思議ではあります。

欧州
後願の出願前に未公開でその後に公開された先願はその出願時の技術水準を構成するものとみなされます(EPC第54条(3))。そして、後願発明は、技術水準の一部を構成しない場合には、新規性があると認められます(EPC第54条(1))。要するに、後願の出願前に未公開だった先願は、後願の新規性の阻害要因になりえます。日本のような先願クレームで後願を拒絶するなら特許法第39条、先願全体で後願を拒絶するなら特許法第29条の2といった区別はありません。

余談になりますが、EPCには、日本の特許法第39条のようなダブルパテント防止専門の規定がなく、先願と後願の出願日が異なっていれば、EPC第54条(3)により同一発明の後願が新規性なしとして排除されるようになっています。同一出願日の場合には、各締約国がダブルパテントを許容するか排除するか規定することができると規定しており(EPC第139条(3))、規定上は締約国任せにしています。但し、同一出願人の同一出願日の同一発明(例えば分割出願)については、審査ガイドラインで、ダブルパテントは許容されないことになっています。他人の同一出願日の同一発明については両方とも特許になりえます。

注意すべき点として、EPC第54条(3)は、先願と後願の出願日が異なっていれば、同一発明者だろうが、同一出願人だろうが、適用されるということです。自分の先願の開示により後願が拒絶されることを自己衝突(self collision)といいます。優先権を主張する場合、EPC第54条(3)の出願日は基礎出願の出願日です。日本人は、多くの場合、日本出願の優先権を主張して欧州出願をするでしょうから、欧州での自己衝突を防止するため、同じ内容を開示した複数の出願は日本において同日に出願しておくことが肝心です。この点は、外国出願慣れしている出願人の方が、外国慣れしていない日本の弁理士よりも遙かによく知っているかもしれません。

欧州では、後願の出願前に未公開だった先願は、後願の進歩性を判断する際には考慮されません(EPC第56条第2文)。つまり、このような先願は、後願の新規性阻害の引例にはなりますが(EPC第54条(3))、進歩性阻害の引例にはなりません(EPC第56条第2文)。

それでは、EPC第54条(3)での先願による後願排除の範囲(新規性阻害の範囲)はどうかというと、非常に狭いです。後願の発明が、先願から一義的に読み取れる場合だけ後願が拒絶されます。日本のような実質同一だから拒絶されるということはありません。経験上も、先願に対してちょっとした相違点があるだけで後願の特許が認められます(但し、先願に明記されていないからといって、実際になければおかしいものを相違点だと主張しても無駄です)。

審決 T 447/92には、次のように先願の後願排除範囲が狭い理由が記載されております。「自己衝突のリスクを軽減するために、審判部は一貫して文献の開示の非常に限定的な解釈を適用してきた。そうしなければ、EPC第56条第2文により進歩性の有無を判断するにあたって、EPC第54条(3)の文献を検討対象から除いていることが台無しになってしまう。」少し解説を加えると、同一発明者だろうが、同一出願人だろうが、先願に記載された発明によって後願が排除される法制の下で、先願の後願排除範囲が広い場合には、後願が特許になりにくくなって、酷に過ぎるということです。また、EPC第56条第2文がEPC第54条(3)の文献は進歩性拒絶の根拠にならないと規定しているのだから、先願の後願排除範囲は広げるべきではないということです。

中国
後願の出願前に未公開でその後に公開された先願は、後願の新規性阻害の引例になります(専利法第22条第2款、審査指南第2部分第3章2.2(抵触出願))。進歩性(創造性、第22条第3款)に関しては、専利法の規定上は明確ではありませんが、審査指南では、このような先願は進歩性阻害の引例にはなりません(審査指南第2部分第3章2.2、第4章2.1)。

欧州と同様に、先願と後願の出願日が異なっていれば、同一発明者だろうが、同一出願人だろうが、後願の出願前に未公開だった先願は、後願の新規性阻害要因ですので、自己衝突の可能性がありえます。

但し、欧州と異なり、後願クレームの発明と先願の明細書等に記載された発明の相違が慣用手段の置換である場合には、後願の新規性が否定されます(審査指南第2部分第3章3.2.3)。ちなみに、この運用は、引例が後願の出願前に未公開でその後に公開された先願だけではなく、新規性での拒絶一般に適用されます。

中国には、ダブルパテント排除の規定がありますが(専利法第9条)、後願の出願前に未公開でその後に公開された先願については、第9条よりもまず第22条を優先して後願を審査します(審査指南第2部分第3章6)。

米国
米国は、いさぎよいほど独自路線を貫いています。

新法(AIA)の第102条(a)(2)では、クレーム発明が、当該クレーム発明の有効な出願日より前に、他の発明者による発明として、第151条(特許の発行)に基づいて発行された特許、または第122条(b)項に基づき公開され、もしくは公開されたとみなされた特許出願に記載されている場合には、特許を受けることができません。この規定は新規性の規定です。後願の出願前に未公開でその後に公開された先願に後願クレーム発明が一致している場合には、後願は新規性なしとして拒絶されます。

「他の発明者による発明として」と記載されているので、先願と同一発明者であれば、後願は拒絶されません。但し、1人でも発明者が異なっていれば、後願は拒絶されます。

さらに、第102条(b)(2)(A)~(C)は、第102条(a)(2)の例外規定です。第102条(b)(2)(A)によれば、先願に開示された内容が後願発明の発明者もしくは共同発明者から直接または間接的に取得された場合には、後願は拒絶されません。第102条(b)(2)(B)によれば、先願に開示された内容が後願発明の発明者もしくは共同発明者、または後願発明の発明者もしくは共同発明者から直接または間接的に内容を入手した他人により公表されている場合には、後願は拒絶されません。第102条(b)(2)(C)によれば、先願に開示された内容と後願発明が後願の有効出願日前に、同一人により所有されていたか、または同一人に譲渡される義務があった場合には、後願は拒絶されません。

以上までは、日本の特許法第29条の2によく似ています。独自路線なのは、進歩性(非自明性)の規定である第103条が第102条(a)(2)の後ろに控えていることです。第103条は、第102条の先行技術と相違があっても、第102条の先行技術から自明なものは特許が受けられないことを規定します。したがって、後願の出願前に未公開でその後に公開された先願は、後願の進歩性否定の根拠として使ってよいことが堂々と法律に規定されています。

後願の出願前に未公開だった先願は、後願の出願時に後願の出願人には通常知り得ないものです。したがって、そのような先願を基準とした進歩性まで後願発明に要求するのは後願の出願人に酷なように思います。しかし、そのように取り扱うことを法律で明定している点では、いさぎよいと思います。

米国のダブルパテントについては、先の記事「米国のダブルパテント(二重特許)」をご覧ください。