Pre-AIAのもと米国特許法102条(b)は、米国出願日の1年以上前に米国内において販売された発明は新規性を喪失する旨を規定しています。これはOn-Sale Barなどと呼ばれ、102条(b)は、発明が商業的に利用されてから1年以上経過してからの出願を防止することを趣旨とします。On-Sale Barは秘密状態の販売にも適用されます。「公でないこと」を新規性の要件とする日本の特許法とは対照的です。

今回は製薬会社による製造委託に対するOn-Sale Bar適用の是非が判断された判例をご紹介します。

The Medicines Co. v. Hospira, Inc., Fed. Cir. No.14-1469, 1504; July 11, 2016   
                         
本事件は、製薬会社Medicines Co. (以下、MedCo)がHospira, Inc. (以下、Hospira)による特許権侵害を主張しデラウエア地区連邦地裁に提訴し、これに対しHospiraがMedCoの特許権の無効を主張したものです。

MedCoは自社の研究・製造施設を有しておらず、Ben Venueという会社を研究・製造委託先として使っていました。本事件では、MedCoが、出願の1年以上前に、Ben Venueに対して特許権にかかる薬剤バッチの製造を委託したことが問題となりました。

地裁は、MedCoからBen Venueへの製造委託行為がOn-Saleであるかの判断に際して、Pfaff判決(Pfaff v. Wells Electronics, Inc., 525 U.S. 55 (1998))にて最高裁判所が示した判断手法を用いました。

この判断手法は、第1要件「製品が商業的な申し出の対象となったこと」と、第2要件「発明は特許される準備が整っていたこと」の2つの要件を充足するかを判断するものです。本事件においては、出願の1年前の時点で既に発明は完成していましたので、第2要件を充足する点について当事者間で争いはありませんでしたが、地裁は第1要件非充足であるとして、商業的販売はなかったと判示しました。

ところが、控訴審において、CAFC(パネル)はこれを否定し、On-Sale BarによりMedCoの特許を無効としたのです(The Medicines Co v. Hospira, Inc., Fed. Cir. No. 14-1469 (2015))。MedCoはそれを不服として大法廷での審理を申請し、大法廷における再審理に進むこととなりました。今回ご紹介する判決は、大法廷による判決です。

判決において、CAFCの大法廷は地裁の判断を支持し、商業的販売はなかったと判示しました。

判断理由のひとつには、Ben VenueはMedCoに対して製造サービスを販売したに過ぎず、特許にかかる製品は販売されなかった、とあります。対象特許(US Patent No. 7,582,727及びUS Patent No. 7,598,343)の各クレームはそれぞれ製剤バッチおよび当該製剤バッチのプロダクトバイプロセスであった、すなわち、いずれも物の特許であったことが今回の判決に大きく影響しています(方法の特許であったら、On-Sale Barが適用されていたかもしれません)。

判決では、「プロセスは一連の行為であり、これらの行為に対して販売の概念を適用するには曖昧である。これに対し、有形物の販売は簡単である。販売者から購入者に物が引き渡されて購入者は即座にそれを所有する。有形物について、取引が販売のレベルに上昇したときに統一商事法典における販売の申し出であると云える。」と述べられています。

大法廷が「販売」や「販売の申し出」の定義を商法に求めたことは注目に値します。また、権利の移譲の有無も争点となりました。MedCoはBen Venueに対して製品の権利を移譲せず、Ben Venueが他人に製品を販売する権限も与えていませんでした。

102条(b)の趣旨は、発明が商業的に利用されてから1年以上経過してからの出願を防止することです。HospiraはBen Venueが製造した製品をMedCoが備蓄したことがMedCoにとっての商業的利益であるからOn-Sale Barは適用されるべきと主張しました。これに対し、大法廷は、備蓄に対してOn-Sale Barを適用することで、より早い出願が促進されるかもしれないが、制定当初の法趣旨(発明者の利益と公共の利益をバランスすること)を無視する恐れがあると、判決で述べています。備蓄を阻止することは商業的に非効率ですし(すなわち、発明者にとっての利益とはなりません)、さらには、製造を外注する製薬会社に対してOn-Sale Barを適用してしまうと自社で製造能力を有する会社とそうでない会社との間で公平性に欠けるとも述べました。

大法廷は、「供給者の例外はなし(no supplier exception)」を判示したSpecial Devices判決(Special Devices, Inc. v. OEA, Inc. Fed. Cir. 2001)にも言及しました。Special Devices判決は、発明者と供給者との取引が商業的販売に相当する契約の元になされたことを理由に、supplier exceptionを適用しなかった事例です。大法廷は、当該判決の趣旨を、統一商事法典下における商業的販売のすべての要件を満たす取引において供給者が販売したというだけで商業的販売でないとは云うことはできない、すなわち、明らかに商業的販売である取引について“supplier exception”による隠れ蓑は認めないという意味であると解説し、本事件には、no supplier exceptionは適用されない旨判示しました。「大切なのは取引の商業的性質であり、当事者の性質ではない。」という判決文の文言は、「販売」の定義を商法に求めた大法廷の姿勢をよく表しています。

なお、冒頭に述べましたように、本事件はPre-AIA下での事例であり、Pre-AIA下では、秘密状態での販売はOn-Sale Barを引き起こします。ところが、2013年3月16日施行のAIAにおける同条文は「販売されている、あるいはその他公衆に利用可能な」と規定されています。ここで、「販売」と「その他公衆に利用可能」とは別物なのか、あるいは販売も公衆利用可能性を要件とするものなのかについて、条文の解釈が目下の論点となっています。すなわち、2013年3月16日、またはそれ以降の有効出願日を伴う特許について、秘密状態の販売が新規性を喪失させるかが注目されています。

USPTOはHelsinn控訴審におけるamicus brief (2016年5月2日)において、AIA下では秘密状態での販売にはOn-Sale Barは適用されないと言及しており、PhRMA(米国研究製薬工業協会)のような組織も、AIA以降のOn-Sale Bar適用には公衆利用可能性を要件とすると主張しています。一方で、法科大学院の知的財産専門の教授たちは、公衆に利用可能であることは必要ではなく、秘密の販売はOn-Sale Barを起こす可能性があると主張しています。いずれにしてもHelsinn判決(Helsinn Healthcare S.A. et al. v.Teva Pharmaceuticals USA, Inc. et al. (Nos. 2016-1284, -1787))に関する控訴審での判決が待たれます。