1. 背景(ミーンズプラスファンクション)
米国では、ミーンズプラスファンクション形式のクレームについては、権利範囲はクレームの広い文言にかかわらず、明細書に開示された構造等(構造、材料または動作)およびその均等物に限定解釈されます。クレームに”means for”を積極的に使用していなくても、同じように解釈される場合があります。限定解釈の根拠条文は、旧米国特許法法(Pre-AIA)では第112条第6段落、新法(AIA)では第112条(f)です。ここまでは米国特許の有名な常識であり、特許の世界で知らない人はいないでしょう。

それでは、クレームに記載されたミーンズ(またはミーンズと認定された要素)の構造等が明細書の実施の形態の説明にきちんと開示されていなかった場合は米国でどうなるでしょうか?非常に簡単な例でいえば、クレームには○○手段が記載され、実施の形態の説明には○○手段とだけ記載されており、その○○手段がプログラムされたプロセッサとも回路とも何とも記載されていなかったとします。この場合、明細書に開示された構造等は存在しません。権利範囲の解釈のしようがないので、特許無効の理由になります。つまり、「ミーンズプラスファンクション形式なので、さてどこまでが権利範囲か決めましょう。え、何も明細書にミーンズを限定解釈する手がかりがないじゃないか。じゃあせっかく特許をとったけど無効ですね。」という論理です。

この論理はとりたてて新しくはなく、ミーンズプラスファンクション形式と認定される以上は当然の帰結です。無効理由としては、旧米国特許法法(Pre-AIA)では第112条第1段落(明細書の記述要件、実施可能要件)だったり、第112条第2段落(クレームされた発明の明確性)だったりします。新法(AIA)でいえば、第112条(a)(明細書の記述要件、実施可能要件)または第112条(b)(クレームされた発明の明確性)が無効理由です。Pre-AIAの第112条第6段落、新法(AIA)の第112条(f)は直接の無効理由にはなりえませんから。

ここまでも米国特許の常識であり、知っている人は知っている話です。したがって、狭く解釈されないようにミーンズの使用を避けるとか、ミーンズプラスファンクション扱いされてもなるべく無効にされないように、明細書の実施の形態の説明はしっかり書く(当たり前に思えることでもクレーム要素の構造等が理解されるように書く)といった対策は従来からとられています。

もっとも最近では、下記の例のように、ミーンズプラスファンクションクレームの認定を受けた場合、特許権者に酷な判例も出ているようです。

ミーンズ扱いされたクレーム要素が機械的センサおよび電気的センサとして2つの異なる実施の形態として明細書に記載されている場合に、機械的センサの記載が実施可能要件を満たしていても、電気的センサの記載が実施可能要件を満たしていないので、特許無効(Automotive Technologies International v. BMW, et al., Fed. Cir. 2007)。

当業者であればクレームされた機能を実行する手段を工夫することができるだろうという理由だけで、特許権者は構造に関する特定性を提供することを回避することはできない(Blackboard, Inc. v. Desire2Learn, Inc., 574 F. 3d 1371, Federal Circuit 2009)。

そして、ミーンズプラスファンクションクレームの認定を受けると、通常の特許よりも、明細書への実施可能要件等の要件が厳しくなるといえます。逆にいえば、ミーンズプラスファンクションクレームの認定を受けなければ、ここまで厳しく無効になることもなかったといえます。

2.新ガイドライン
米国特許法第112条第2段落(Pre-AIA)に関して、2011年2月9日に新ガイドラインが発表されています。
http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-2011-02-09/pdf/2011-2841.pdf
このガイドラインは、ミーンズプラスファンクションクレームだけに関するものではありませんが、クレームがミーンズプラスファンクションクレーム(およびステッププラスファンクションクレーム)と解釈されるべきかどうかを判断することを審査官に指示しています。具体的には、(1)クレームの限定が”means for”、”step for”または構造的な修飾を伴わない非構造的用語を使用している、(2)クレームの”means for”、”step for”または非構造的用語が機能的言葉遣いで修飾されている、(3)クレームの”means for”、”step for”または非構造的用語が、特定された機能を達成するための十分な構造、材料または動作で修飾されていない場合に、審査官はミーンズプラスファンクションクレームと解釈します。

一旦、ミーンズプラスファンクションクレームと判断したら、審査官は、クレームの機能を判定し、クレームの機能を達成するための対応する構造、材料または動作が開示されているかどうか明細書を見直します。
(1)クレームをミーンズプラスファンクションクレームと解釈すべきかどうか明瞭でない場合、
(2)クレームをミーンズプラスファンクションクレームと解釈したが、クレームの機能を達成するための構造、材料または動作が開示されていない場合、または十分に開示されていない場合、
(3)クレームをミーンズプラスファンクションクレームと解釈したが、クレームの機能を達成するための明細書中の構造、材料または動作が明確にクレームと関連付けできない場合には、第112条第2段落(Pre-AIA)で拒絶することが審査官に求められています。

コンピュータ関連発明については、対応する構造としては、単に汎用コンピュータまたはマイクロプロセッサと記載するだけでは足りず、開示された汎用コンピュータまたはマイクロプロセッサを特別な目的のコンピュータに転換するためのアルゴリズムの記載が必要とされています。これは、上記のBlackboard, Inc. v. Desire2Learn, Inc.の判例に示されています。

上記の新ガイドラインは、MPEP 2181にすでに取り入れられています。

新ガイドラインといっても、従来からのミーンズプラスファンクションクレームの取り扱いや判例を知っていれば、それほど目新しいことはありません。侵害訴訟で当たり前だった論理が審査に取り入れられただけと理解してよいように思います。もっとも、アルゴリズムをどこまで書けば十分なのかは、まだまだ分かりません。

3.新ガイドライン後のオフィスアクション
新ガイドラインの発表後に、これに沿った(つもりと思われる)オフィスアクションが増えています。

標準的な形式は、まず、ミーンズプラスファンクションクレームと認定し(旧法Pre-AIAの第112条第6段落または新法AIAの第112条(f))、次に、ミーンズプラスファンクションクレームのクレームされた発明の明確性がない(旧法Pre-AIAの第112条第2段落または新法AIAの第112条(b))というものです。

しかし、周知の通り、米国の審査官は低レベルですので、誤った運用をよく見かけます。

例えば、
(1)旧法Pre-AIAの第112条第6段落の適用を出願人は求めている(ミーンズプラスファンクションクレームと解釈する)と書いてあるが、旧法Pre-AIAの第112条第2段落になぜ違反しているのか少しも書いていない。第112条第6段落は拒絶理由ではないことをこの審査官は知らないようです。
(2)旧法Pre-AIAの第112条第2段落に違反している理由として、明細書には対応する構造が開示されていないともっともらしく指摘しているが、着目箇所がSummary of the Inventionの欄であり、まったく実施の形態の説明を審査官が読んだ形跡がない。Summary of the Inventionの欄は、クレームのコピーであることが多いということさえこの審査官は知らないようです。
(3)明らかに構造限定と思われる要素(例えばメモリー)まで、旧法Pre-AIAの第112条第6段落の適用を出願人は求めていると書いてある。

審査官の誤りに惑わされないようにしたいものです。

4.新ガイドライン後のオフィスアクションへの応答
以下の2方策を両方行うのが一般的には望ましいと思われます。また、審査官の意向を確かめるためにインタビューが望ましいと思われます。
(1)ミーンズプラスファンクションクレームの認定の否認。
ミーンズプラスファンクションの認定をそのままにしておくと、通常の特許よりも、明細書に要求される開示レベルのハードルが一段階上がります(米国審査官が認識しているかどうかはともかく、理論的には旧法Pre-AIAの第112条第2段落または新法AIAの第112条(b)で拒絶または無効にされやすくなります)。また、オフィスアクションでのミーンズプラスファンクションの認定をそのままにしておくと、自認したではないかと、おそらく後の段階(例えば侵害訴訟)で指摘されます。

ミーンズプラスファンクションの解釈を避けるための手法は色々論議されていますので、それらを参考にするのがよいでしょう。また、クレームの”adapted for …ing”の記載を逐次”implemented by a programmed processor and configured to …”と補正したら、審査官がミーンズプラスファンクションの認定を撤回してくれたことがあります。この補正の前半は101条拒絶へのよくある応答パターンです。そのほか、クレームの”being capable of …ing”を”having a …er that …s”に審査官がミーンズプラスファンクションの認定を撤回してくれたことがあります。

もっともミーンズプラスファンクションクレームの認定を積極的に受けたいのであれば、(1)の対処はできません。
(2)クレーム上のミーンズまたはミーンズ扱いされた要素に対応する構造、材料または動作が明細書に記載してあるとの主張

例えば、「プログラムを実行することでこの要素は動くとここに書いてある。こうやって動くとここに書いてある。きちんとアルゴリズムとして書いてある。」といった反論です。

ミーンズ扱いされたクレーム要素がたくさんある場合には、それらのすべてについて逐次、ここにちゃんと書いてあると主張しなければならないので、うっとうしくてなかなか面倒ですが、仕方ありません。

以上がオフィスアクションへの応答の方策案ですが、審査段階で審査官が納得しても、後の段階(例えば侵害訴訟)で蒸し返されて逆転されないわけではありませんから、その点は短絡しないで下さい。